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盛岡地方裁判所 昭和34年(ワ)213号 判決

原告 三浦豊吉

被告 佐藤石蔵

主文

被告は別紙目録記載不動産についてなされた盛岡地方法務局昭和三四年一一月七日受付第一三九二五号売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求原因を次のとおり述べた。

一、別紙目録の不動産は、原告が、昭和二二年一〇月、原告の実弟訴外三浦正兵衛より贈与を受け、同日原告はその引渡を受け、これを所有しかつ占有しているものである。

原告、右訴外人間で移転登記を経ないでいたところ、右訴外人は六年前より老人性痴呆症に陥り、以来意思能力喪失の常況にある。ところが昭和三四年一一月四日、被告は、右訴外人の妻スヱから右訴外人名義による売買契約で前記不動産を買受け、請求の趣旨記載の所有権移転登記を得た。

二、然しながら右訴外人は当時、自ら売買契約を締結する能力も、妻スヱに対して売買契約の代理権を授与する意思能力もなかつた。

従つて訴外正兵衛、被告間の本件不動産の売買契約並びにその登記手続は無効である。

三、仮りに右が理由ないとしても、本件土地は固定資産評価基準でも二一〇万円の地価があり、本件建物は、九〇万円の評価基準で、本件物件は時価で三〇〇万円以上のものであるが、被告は本件土地がかかる価値のあるものであることを熟知していながら訴外正兵衛の妻スヱが不動産殊に盛岡の不動産について無知なるに乗じ、本件不動産のうち宅地は五、〇〇〇円程度しか価格がなく、建物は小屋程度のもので全部で一〇〇万円程度のものであると詐り、右スヱをその旨欺むき、よつて同人から本件物件を一〇〇万円で買受けた。

右は三浦スヱの無知に乗じ法外な利益を得るためにした公序良俗違反の行為であつて効力を有しない。

四、原告は、前記の如く右不動産の贈与を受け、その所有権を有するので、右訴外人に対し、所有権移転登記手続請求権がある。そこで同人に代位し、被告に対し、本件不動産についてなされている請求の趣旨記載の所有権移転登記の抹消手続を訴求するものである。

被告は、本件口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したものとみなす答弁書には次の記載がある。

請求の趣旨に対する答弁として「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」

請求の原因に対する答弁として、

一、本件不動産がもと訴外三浦正兵衛の所有に属していたこと、原告主張の頃より右訴外人が意思能力を喪失するに至つたこと。原告主張日時、被告が右訴外人の妻スヱから正兵衛名義による売買契約で前記不動産を買受け、その旨の所有権移転登記のなされたことは認めるがその余は否認する。

二、(1)  訴外三浦正兵衛は意思能力喪失以前から妻スヱに対し必要があればいつでも盛岡市内にある本件不動産は金に換えてよいとて処分権を委ね、印章等を同人に保管せしめていた。代理権授与後、右訴外人が意思能力を喪失してもそれのみで有効に授与された代理権が消滅する理由はなく、従つて妻スヱが右訴外人の代理人としてなした本件不動産の処分行為は有効である。

(2)  仮りに右訴外人スヱに代理権のあることが認められず、右売買契約が無権代理によるものであつたとしても、右スヱは、昭和三五年一月二七日釧路家庭裁判所北見支部で右訴外人の禁治産宣告を得、同年二月一〇日右宣告確定により法定後見人となり、同月二七日本件不動産の売買契約を相手方である被告に対し追認したものである。従つて後見人の追認により右契約は契約の時に遡つて有効となり、登記手続も亦適法有効となつたこと明らかである。

三、公序良俗違反の主張も亦理由がない。

(1)  本件宅地の一部には茅屋にも等しい本件建物が建てられ、それに六世帯の賃借人が居住して居り、被告が自らその敷地を使用収益するには相当額の立退料を右借家人達に支払わなければならず、又他の部分には原告の子正一が右訴外人に無断で、訴外岩崎セキにこれを賃貸し、同人をして旅館を建築させてあるために、被告自らの使用収益は殆んど不可能で、唯地代徴収権をえたに過ぎない実状である。被告はこれらの事情を斟酌した上で本件不動産の売買価格を金一〇〇万円と協定したものであり、原告のいう如く決して妻スヱの無知に乗じ法外な利益をうるためにしたものではない。

被告が買受けたことにより賦課された県税、不動産取得税の課税標準額の示すところによると、土地建物合計七〇万余円であるから、原告の主張する評価基準は出鱈目である。

(2)  仮に、被告の本件家屋の買受が甚しく安い価格で、右三浦スヱの無知に乗じてなされたものとしても、右訴外人妻スヱが法定後見人に就職した後、右訴外人の家庭の事情に同情し、昭和三五年二月二七日先の売買契約を追認した際、売買代金に金一三〇万円を追加し、支払つたので本件不動産の売買価格は二三〇万円に達し、その実価を上廻ることがあつても決して安いものではない。

右の如く代金を追加して支払い、且つ追認を受けたことが前記の通りである以上、本件売買は無効でもなく取り消し得べきものでもない。

原告訴訟代理人は、被告主張の抗弁事実二に対し次のとおり述べた。被告の抗弁事実のうち(1) を否認する。仮定抗弁事実(2) については、原告は昭和三四年一二月九日に本件訴訟を提起した旨を、同月二一日長男三浦正一をして三浦スヱに伝達説明せしめた。

債務者は、債権者が債権者代位権を行使したことを了知した後は、代位行使された権利を処分することを許されないから、右後見人スヱが本訴提起を了知した昭和三四年一二月二一日の後である昭和三五年二月二七日になした売買契約の追認は処分行為の一態様であつて効力を生じない。また被告は、右三浦スヱに代理権のないことを承知の上で同人と売買契約を締結したものであるから、これを追認するが如きは勿論許されない。

証拠として、原告訴訟代理人は甲第一乃至第一〇号証を提出し、証人三浦正一、三浦正雄の証言を援用し、被告は甲第一乃至第九号証の成立を認めると述べた。

理由

本件不動産が、もと訴外三浦正兵衛の所有に属していたこと、原告主張の頃より右訴外人が意思能力を喪失するに至つたこと、原告主張日時被告が右訴外人の妻三浦スヱから同訴外人名義による売買契約で前記不動産を買受け、その旨の所有権移転登記がなされたことは当事者間に争いがない。右売買契約当時、右訴外人三浦正兵衛は自ら契約を結び、或は代理権を授与する能力がなかつたことは、被告の明らかに争わず、被告主張の日時右三浦正兵衛が禁治産宣告を受け、その妻三浦スヱがその法定後見人に就任したことは、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものと看做す。

成立に争いのない甲第九号証、証人三浦正一、同三浦正雄の証言によると、本件不動産は昭和二二年一〇月、原告の実弟訴外三浦正兵衛より原告に贈与されたものであることが認められる。右認定を左右する証拠はない。

次に被告の、妻スヱは夫正兵衛から同人が意思能力を喪失する以前から本件不動産を売買するにつき代理権を授与されていたとの抗弁については、本件全証拠中何らこれを認めるに足りるものがない。

更に先にした不動産の売買契約を妻スヱが正兵衛の後見人となつた後の昭和三五年二月二七日追認した旨の仮定抗弁事実については、原告はこれを明らかに争つていないので自白したものとみなす。

証人三浦正一の証言によれば、原告の長男三浦正一は、昭和二四年一二月二五、六日頃右三浦スヱ方に至り、原告が本件訴を同年一二月九日提起しておる旨を同人に伝達説明したことが認められ、他にこの事実を左右する証拠はない。

債権者が代位権を行使し、その旨を債務者が了知した後は、債務者は代位の目的となつている権利の処分を許されない、と解すべきものである。これを本件について考えてみるに、本件において、原告が三浦正兵衛に代位して行使した権利は、本件不動産の所有権移転登記の抹消登記請求権であり、右三浦正兵衛の法定後見人妻スヱがした売買契約の追認は、無効な売買契約を有効ならしむる行為であるから売買と同視すべきもので、とりもなおさず本件不動産の所有権の処分である。したがつて右スヱのした追認行為は原告の代位行使した所有権移転登記の抹消登記請求権そのものの処分ではないけれども、その登記請求権は訴外三浦正兵衛に本件不動産の所有権の存することを請求の主内容とし、登記請求権はこれが実現のための法技術的な主張であるから、右の登記請求権はその所有権の存否の主張を内在的に包含しておるものと解せられる。

してみれば、三浦スヱの追認は、原告の行使した移転登記の抹消登記請求権を処分する性質を有し、原告が右権利を行使したことを三浦スヱは昭和三四年一二月二五、六日頃三浦正一から伝達説明を受け了知したのであるから、その後に当る昭和三五年二月二七日にこれを行うことは許されないところであつて効力を有しない。

してみれば原告のその余の主張を検討するまでもなく原告の主張は理由があるからこれを認めることとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中平健吉)

目録

盛岡市大字仁王五地割百拾参番字長町

一、市街宅地 八拾壱坪四合

盛岡市大字仁王五地割百拾四番字長町

一、市街宅地 五拾八坪六合参勺

盛岡市長町百拾参番

家屋番号 第拾壱番

一、木造木羽葺弐階建居宅

建坪 参拾坪

弐階坪 拾八坪

一、木造木羽葺平屋建居宅

建坪 拾弐坪

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